近年、行政が婚活を支援し、AIでマッチングを効率化する取り組みが増えています。出会いの機会が増えるのは、悪いことではありません。
でも、立ち止まって考えたいのです。その効率化は、誰のためなのでしょう。効率化される側、つまり当事者の視点から、見てみましょう。
行政の取り組みを全否定するものではありません。「視点」を確認する記事です。
「支援」の、二つの顔
行政の婚活支援には、二つの側面があります。
- 当事者のため — 出会いの機会を、増やす
- 社会のため — 婚姻数・出生数を、増やす
この二つは、重なることもあれば、ずれることもあります。問題は、後者(社会の都合)が前面に出すぎると、当事者が「目的達成の手段」になってしまうことです。
「効率化」が見落とすもの
マッチングを効率化すると、出会いは増えるかもしれません。でも——
- 人と人の関係は、効率だけでは測れない
- 「条件で最適化」しても、心は動くとは限らない
- データのマッチングと、実際の相性は、別
効率化の発想は、ともすれば「人を条件でマッチングする」という、あの6条件の論理と、同じ場所に立っています。
出会いの「効率化」は便利。でも、人の心は、効率では最適化できない。
「使う」のはいい、「使われる」のは違う
行政の支援を、自分のために「使う」のは、賢い選択です。出会いの機会として、活用すればいい。
でも、知らないうちに、社会の数値目標のために「使われる」立場になるのは、別の話。この違いを意識しておきたいものです。
- 支援を、自分の目的のために使う → 主体的
- 支援の数値目標の、駒になる → 受け身
主導権は、いつも自分が握っていたいものです。
当事者の気持ちを、置き去りにしない
効率や数値の議論の中で、いちばん大切なのは、当事者の気持ちです。
- 急かされず、自分のペースで
- 条件ではなく、心で選ぶ
- 「支援」を、プレッシャーにしない
支援は、あくまで選択肢を増やすもの。あなたを追い立てるものでは、ありません。
今日から
行政の婚活支援を見聞きしたら、こう考えてみてください。
支援は「使う」もの。社会の数値目標に「使われる」ものではない。
出会いの機会として活用しつつ、主導権は自分に。あなたは、効率化される「数」ではなく、心を持った一人の人間です。