論文が、配偶者選びの条件として挙げたのは、6つでした。年齢、年収、雇用形態、学歴、身長、体型。

これらは、確かに測りやすい。数字や属性で、はっきり比較できます。でも、ふと立ち止まって考えたいのです。人は、この6つで値付けできる「商品」なのでしょうか。

なぜ「6条件」なのか

まず、論文を責めるわけではありません。研究として、測れるものを測る——それは、誠実な手続きです。

問題は、その6条件が、いつのまにか「人の価値そのもの」のように扱われてしまうこと。測定の都合で選ばれた指標が、人間の価値の全体だと、錯覚されてしまうのです。

「測れるもの」と「大切なもの」は違う

考えてみてください。あなたが、誰かを好きになったとき。その理由は、相手の年収や身長でしたか?

  • 一緒にいると、ホッとする
  • 笑いのツボが、合う
  • 困ったとき、そばにいてくれた
  • 価値観が、似ている

こうした「測れないもの」こそ、関係の本質です。でも、それは6条件には、一つも入っていません。

測りやすいものが、大切なものとは限らない。むしろ、大切なものは、たいてい測れない。

「商品」の発想が、見落とすもの

人を商品のように扱う発想には、限界があります。

  • 商品は、スペックで優劣がつく → でも、人に優劣はない
  • 商品は、需要と供給で値段が決まる → でも、人の価値は市場では決まらない
  • 商品は、同じものなら代替できる → でも、あなたの代わりはいない

人は、規格化された商品ではなく、一人ひとり違う、かけがえのない存在です。

あなたは、値札のついた商品ではない

「市場価値」という言葉を使うと、自分を商品棚に並んだ品物のように感じてしまいます。でも、あなたは商品ではありません。

  • 値付けされる対象ではなく
  • 比較されるスペックの束でもなく
  • 一人の、生きている人間

その当たり前を、思い出してください。

今日から

自分を6条件で測りそうになったら、問いかけてください。

「私は、商品なの? それとも、一人の人間なの?」

人を値付けする発想には、限界があります。あなたの価値は、スペック表には、収まりきりません。