「私なんかが、上を目指すなんて」「リーダーなんて、私には」。
ふいに湧いてくる、この自己制限の言葉。でも、本当にそれは、あなたが自分で生み出したものでしょうか。誰かに植えられた言葉かもしれません。出どころを、たどってみましょう。
敵は人ではなく前提。「私なんか」という言葉の、出どころを探ります。
「私なんか」は、最初からあったか
生まれたばかりの子どもは、「私なんか」とは思いません。挑戦も、自己主張も、自然にします。
ということは、「私なんか」という気持ちは、後から、どこかで、植え付けられたものです。生まれつきのものではないのです。
どこから、来たのか
「私なんかが上を目指すなんて」という言葉の、出どころをたどってみましょう。
- 「女の子は、控えめに」と言われて育った
- 手を挙げると、「出しゃばり」と言われた
- 周りに、上を目指す女性のロールモデルがいなかった
- 「女性は、補助的に」という空気を、浴び続けた
こうした積み重ねが、「私なんか」という声を、あなたの中に、作り上げたのです。
「私なんか」は、生まれつきではなく、長年浴びた前提が作った、後天的な声。
「植え付けられた」と気づく
この声の出どころが「外」だと気づくと、大きな変化が起きます。
- それは、あなたの本当の能力とは、無関係
- 植え付けられたものなら、外せる
- 「私なんか」は、事実ではなく、刷り込み
自分の一部だと思っていたものが、外から来た「異物」だと分かれば、距離を取れます。
「本当の私」に、問い直す
植え付けられた声を脇に置いて、本当の自分に、問い直してみてください。
- 本当は、どうしたい?
- 上を目指したい気持ちが、奥にないか
- 「私なんか」を外したら、何が見える?
その奥に、植え付けられる前の、本来の意欲が、眠っているかもしれません。
自分を、責めない
「私なんか」と思ってしまう自分を、責めないでください。
- それは、あなたのせいではない
- 長年の前提が、そうさせただけ
- 気づいた今から、変えていける
今日から
「私なんかが」という声がしたら、問い返してください。
この言葉は、誰に植えられた? 本当の私の声?
植え付けられた声だと気づけば、外せます。「私なんか」の奥に眠る、本来の意欲を、そっと掘り起こしてあげてください。