「あなたは、要領が悪いから」「我慢しなさい」「もっとしっかりして」。子どもの頃、何度も聞いた言葉ではありませんか。
不思議なもので、何十年たっても、その声は心の奥で響き続けます。仕事で少しつまずいたとき、誰かに頼りたいとき。「ほら、やっぱり私はダメだ」と、自分を裁く声がする。その声は、もしかしたら、あなた自身の声ではないのかもしれません。
幼い日に繰り返し浴びた言葉は、いつのまにか自己評価の物差しになります。けれどそれは、あなたが選んだ物差しではありません。
あなたの自己評価は、あなたが決めていい。借りものの声で、自分を測らなくていい。
まず、口癖は「事実」ではない
親の言葉は、その人のクセや、その時の気分や、不安から出たものでもあります。あなたの本質を言い当てたものとは限りません。
- 「要領が悪い」= ただ、丁寧だっただけかもしれない
- 「我慢しなさい」= 親自身が我慢して生きてきた、その反映
- 「しっかりして」= 親の不安が、言葉になっただけ
口癖は、評価ではなく、その人の口ぐせ。そう一度、切り離してみます。
親も、たぶん必死だった
ここで大切なのは、親を悪者にしないことです。多くの親は、限られた知識と余裕のなかで、よかれと思って言葉を選んでいました。
- 自分が言われて育った言葉を、そのまま手渡してしまった
- 守りたい一心で、つい厳しくなった
- 言葉の重みを、知らなかっただけのこともある
責める必要はありません。ただ、「その言葉を、これからも信じ続けるか」は、あなたが決めていいのです。
距離を取るのは、自立であって、断絶ではない
呪いをほどくために、いったん声から離れる。それは親を切り捨てることではなく、自分の足で立つための、健やかな距離です。
- 物理的に少し離れて、自分の感覚を取り戻す
- 言葉を真に受けず、「そういう考えもあるね」と流す
- 自分の評価軸を、自分のなかに作り直す
距離は、愛情の欠如ではありません。自分を取り戻すための、静かな自立です。
言葉を、上書きしていく
古い声を消そうとしなくて大丈夫。その上に、新しい言葉を重ねていけばいいのです。
- 「要領が悪い」→「私は、ものごとを大切に扱える」
- 「我慢しなさい」→「私は、自分の気持ちを尊重していい」
- 「ダメな子」→「私は、ここまでよくやってきた」
最初は嘘っぽく感じても、繰り返すうちに、少しずつ馴染んでいきます。
赦さなくても、ほどける
「親を赦さなきゃ」と、自分を追い込まないでください。赦しは、いつか自然に訪れるかもしれないし、訪れなくてもいい。
- 赦せない自分を、責めなくていい
- 無理に和解しようとしなくていい
- ほどくことと、赦すことは、別のもの
急がなくていいのです。あなたのペースで、ただ、声を手放していけば。
今日から
心の奥で響く声に気づいたら、そっと問いかけてみてください。「これは、本当に私の言葉だろうか」と。
親の口癖は、あなたの値段ではありません。自己評価は、あなたが決め直していい。
借りものの声で、自分を測ってきた長い時間を、どうか責めないで。ここから、あなた自身の言葉で、あなたを見つめ直していきましょう。