「条件を下げないと、結婚できないよ」「妥協も大事」。35歳を過ぎると、こうした言葉が、あちこちから飛んできます。
でも、考えてみてください。そう言ってくる人は、あなたが妥協した結果の人生を、引き受けてくれるのでしょうか。
助言する人の、無責任さ
「妥協しろ」と言う人には、共通点があります。それは、結果に責任を取らないということ。
- 妥協した相手との、日々の暮らしを共にしない
- 合わない相手と過ごす、つらさを引き受けない
- 後悔したとき、「だから言ったのに」と言うだけ
助言は、言うだけなら、簡単です。でも、その助言に従った結果を生きるのは、助言した人ではなく、あなた自身です。
「責任の所在」を、はっきりさせる
ここを、はっきりさせておきましょう。
- あなたの結婚生活を生きるのは → あなた
- 妥協の代償を払うのは → あなた
- そして、その幸不幸を引き受けるのも → あなた
助言する人は、どこにもいません。だから、最終的な判断を、他人の言葉に委ねる理由は、ないのです。
結果を引き受けない人の言葉に、人生の舵を、握らせなくていい。
なぜ、人は気軽に「下げろ」と言うのか
それにしても、なぜ人は、こんなに気軽に「条件を下げろ」と言うのでしょう。
- 「みんなと同じ」が、安心だから(あなたも早く"普通"に)
- 自分の選択を、正当化したいから
- 単純に、深く考えていないから
多くは、あなたを思ってというより、その人自身の都合や価値観から、出た言葉です。だから、まともに受け止める必要はありません。
自分の人生の、責任を引き受ける
「責任を取らない人の言葉に従わない」とは、裏を返せば、自分の人生の責任を、自分で引き受けるということです。
- 自分で選び
- 自分で決め
- 結果も、自分で引き受ける
これは、重い話のようでいて、実は、とても自由なことです。他人の言葉ではなく、自分の納得で、生きられるのですから。
今日から
「条件を下げろ」と言われたら、静かにこう思ってください。
あなたは、私の人生に、責任を取れますか?
取れないなら、その言葉に、従う義務はありません。あなたの人生の責任を引き受けられるのは、あなただけ。だからこそ、選ぶのも、あなたでいいのです。