少子化の議論を聞いていると、ときどき、ひやりとします。女性が、人口を増やすための「手段」として、語られているように感じる瞬間があるからです。
「産むために、結婚を」。この逆算の発想が、見落としているものを、HeForSheの「ともに」の視点から、考えてみます。
政策の是非ではなく、個人の尊厳の視点を確認する記事です。
「逆算」の発想
少子化対策では、こんな逆算が見られます。
- 出生数を、増やしたい(ゴール)
- そのために、結婚を増やす(手段)
- だから、女性に結婚・出産を促す(対象)
この流れの中で、女性の人生が、人口目標を達成するための「変数」に、なってしまいます。
見落とされる、本人の幸福
この逆算が見落とすのは、当事者一人ひとりの、意思と幸福です。
- 結婚したいか、子どもを持ちたいか
- どんな人生を、生きたいか
- 何が、幸せか
ゴール(人口)から逆算すると、この最も大切な出発点が、飛ばされてしまいます。
人口の議論と、個人の幸福は、別の言葉で語られるべき。混同してはいけない。
これは、男性の問題でもある
「ともに」の視点で見ると、この逆算は、男性をも手段にしています。
- 男性も「稼いで家庭を支える」役割を、期待される
- 「一人前=結婚して家庭を持つ」という圧力
- 男性もまた、人口目標の駒にされうる
性別役割で人を縛り、人口の手段にする構造は、男女両方を、不自由にします。
人口と、幸福を、分ける
社会が人口を議論すること自体は、否定されません。問題は、その議論が、個人の人生に「産め」「結婚しろ」と圧力をかけるとき。
- 社会全体の議論 → あっていい
- それを、個人への強制に変える → 行き過ぎ
人口は人口の言葉で、幸福は幸福の言葉で。混ぜないことが、大切です。
人生の主語を、取り戻す
「少子化のために」ではなく、「自分のために」。
- 結婚するなら、自分が望むから
- 子どもを持つなら、自分が望むから
- 男女ともに、自分の人生を生きる
人生の主語を、社会から、自分に取り戻しましょう。
今日から
「少子化なんだから」という圧力を感じたら、思い出してください。
人口の議論と、私の幸福は、別のもの。人生の主語は、私。
自分の人生の目的を、自分の言葉で取り戻す。それが、手段にされないための、第一歩です。
※政策・統計に関する記述は、執筆時点の一般的な情報です。最新は一次情報でご確認ください。