既婚と独身。働く母と、専業主婦。子どもがいる人と、いない人。女性同士の間にも、いつのまにか、いくつもの線が引かれています。
なぜ、同じ立場のはずの女性同士で、分断してしまうのでしょう。その構図を、一歩引いて見つめてみます。
特定の立場を批判するものではありません。分断の構造を見る記事です。
女性同士に引かれる、線
女性の間には、さまざまな分断があります。
- 既婚 / 独身
- 子どもがいる / いない
- 働く母 / 専業主婦
- 正社員 / 非正規
- 若い世代 / 上の世代
そして、これらの線の上で、ときに「あちらより、こちらが大変」という比較や、非難が生まれます。
「女の敵は女」という言説
「女の敵は女」という言葉を、聞いたことがあるでしょう。女性同士は対立しがちだ、という見方です。
でも、ここで問いたいのです。この言説は、誰の得になってきたのか、と。
- 女性同士が対立していれば、連帯できない
- 連帯できなければ、構造は変わらない
- 分断によって、得をするのは、構造を変えたくない側
「女の敵は女」という言葉自体が、分断を固定する役割を、果たしてきたのかもしれません。
女性同士の分断は、自然に生まれるのではなく、構造によって煽られている面がある。
分断は、構造の産物
女性同士の対立は、個人の性格の問題ではありません。多くは、構造から生まれます。
- 限られた椅子(活躍の場)を、奪い合わされる
- 「正しい女性像」を、競わされる
- それぞれの選択を、否定し合わされる
パイが小さく区切られているから、奪い合いになる。本当の敵は、パイを小さくしている構造のほうです。
立場を超えて、連帯する
分断を超えるには、まず気づくことです。
- 既婚も独身も、それぞれの生きづらさがある
- 働く母も専業主婦も、それぞれ役割に縛られている
- 立場は違っても、同じ構造に縛られている
違いを責め合うのではなく、共通の構造に目を向ける。そこに、連帯の糸口があります。
何を手放すか
世代も立場も超えて連帯するために、まず手放したいものがあります。
- 「自分のほうが大変」という比較
- 「正しい生き方」という、一つの物差し
- 他の立場への、無理解や決めつけ
それぞれの選択を、優劣ではなく、並列として尊重する。それが、連帯の出発点です。
今日から
他の立場の女性に、もやっとしたら、思い出してください。
女性同士の分断は、構造に煽られている。本当の敵は、パイを小さくする構造。
立場の違いを責め合うより、共通の構造に、ともに向き合う。それが、女性同士の、そして社会全体の、連帯への道です。