一日を振り返って、ふと気づくことがあります。今日、自分のためだけに使った時間は、どれくらいあっただろう、と。仕事のため、家族のため、頼まれごとのため。気づけば、誰かのための時間で一日が埋まっている。
それは、決して悪いことではありません。誰かのために動ける人は、それだけ心が豊かだという証です。あなたが差し出してきた時間の分だけ、誰かの一日は温かくなってきたはずです。だから、まずはその働きを、あなた自身がちゃんと認めてあげてほしいのです。
ただ、ひとつだけ。誰かのための時間が満ちていても、自分のための時間が空っぽだと、人はだんだん、自分が何を望んでいたか分からなくなります。両方が要るのです。片方では、欠けてしまう。
誰かのための時間も、自分のための時間も、どちらも人生です。
「自分の時間がない」は、優しさの裏返し
時間を奪われていると感じるとき、その奥には、あなたの優しさがあります。
- 頼まれると、つい引き受けてしまう
- 自分を後回しにすることに、慣れすぎている
- 「私さえ我慢すれば」が、口ぐせになっている
- 与える力があるからこそ、空っぽにもなりやすい
焦らなくていい。時計は、あなたの中にある
誰かと比べて「遅れている」と感じる必要はありません。時間の速さは、人それぞれ違うのです。
- 早く咲く花も、ゆっくり咲く花も、どちらも花
- 蕾でいる時間にも、ちゃんと意味がある
- 他人の開花期で、自分の今を測らない
- あなたの季節は、あなたの時計が決める
急がなくていい。咲く準備をしている時間も、人生のうちです。
自分のための時間を、小さく取り戻す
まとまった休みは要りません。今日の中に、ほんの少しだけ、自分の席をつくってみましょう。
- 朝の五分、好きな飲みものを味わうだけ
- 誰のためでもない、ただ歩くだけの散歩
- 「今日は引き受けない」と決めてみる一件
- 寝る前に、今日よかったことをひとつ書く
「両方」は、奪い合いではない
自分の時間を持つことは、誰かを大切にしないこととは違います。むしろ、満たされた人ほど、優しくいられます。
- 自分を満たした分だけ、人にも分けられる
- 罪悪感を手放すと、与え方も軽くなる
- 「私の時間」は、わがままではなく必要
- 両方あって、はじめて時間は循環する
主語を、自分に戻す
「自分の時間なんて贅沢」。その言葉の主語は、本当にあなたでしょうか。いつの間にか、外から来た前提を、自分の声だと思い込んでいないでしょうか。
- 「〜すべき」は、誰の声かを確かめる
- 自分のペースを、自分で選び直す
- 時間の使い方は、人生の使い方そのもの
- 主導権は、いつでも取り戻せる
今日から
誰かのための時間は、あなたの優しさの証。そして自分のための時間は、その優しさを枯らさないための、欠かせない水やりです。両方そろって、はじめて人生はゆっくり咲いていきます。
今日まで、たくさんの時間を誰かに差し出してきましたね。その手は、もう十分に温かい。だから今度は、その手のひらを少しだけ、自分の方へ。焦らなくて大丈夫。あなたの時計は、あなたのために、ちゃんと動いています。