「身の丈に合った相手にしておきなさい」「分相応に」。そんな言葉を、自分に言い聞かせていませんか。
謙虚さは美徳ですが、行きすぎると、自分の望みや可能性を、自分で縛ってしまいます。「身の丈」という言葉から、自由になる生き方を考えてみましょう。
ここで扱うのは、20代以上の成人同士の関係です。
「身の丈」は、誰が決めた?
「身の丈に合った」とは、いったい誰が決めた基準なのでしょう。
多くの場合、それは自分が勝手に設定した「自分はこの程度」という、低い自己評価です。あるいは、周囲が押しつけてきた「あなたはこのくらいで」という枠。
どちらにせよ、絶対の真実ではありません。「身の丈」は、思い込みで作られた、見えない天井です。
望むことを、あきらめなくていい
「身の丈」に縛られると、こんなことが起きます。
- 本当はいいなと思う相手を、「私には無理」と除外する
- 望みを、最初から小さく設定する
- 「分不相応」と、自分の気持ちにフタをする
でも、誰を好きになるか、どんな関係を望むかに、「分相応」なんてありません。
「身の丈」は、自分が作った見えない天井。取り払えば、空はもっと広い。
謙虚さと、卑下は違う
ここで大切なのは、謙虚さと自己卑下を、混同しないこと。
- 謙虚さ — 自分を客観的に見て、おごらないこと
- 自己卑下 — 自分の価値を、不当に低く見ること
「身の丈に合った相手を」が自己卑下から来ているなら、それは謙虚さではなく、自分を縛る鎖です。
自分の望みを、肯定する
- 「私なんて」を、口ぐせにしない
- 望むことを、わがままだと思わない
- 自分の価値を、低く見積もらない
あなたが望む相手、望む関係を、堂々と思い描いていいのです。
今日から
「身の丈に合った相手で」と自分にブレーキをかけそうになったら、問い直してください。
「身の丈」は、思い込みの天井。望むことに、分相応はない。
その言葉を手放したとき、あなたの選択肢も、人生も、もっと自由に広がります。