観光地のベンチの前で、3人組が順番にカメラマン役を交代しています。誰かひとりが、いつも写真に入れない。
あるいは、記念日らしき装いのふたりが、腕を伸ばして自撮りに挑戦しては、画面を見て首をかしげている。
そんな光景を見かけたとき、頭をよぎる一言があります。「写真、撮りましょうか」。でも口に出すまでには、少し距離がありますよね。断られたら気まずいし、うまく撮れなかったら申し訳ないし。
その気持ち、よく分かります。だからこそ、この一言を少し分解してみたいのです。
必要なのは、撮影の腕前ではない
「写真、撮りましょうか」に、プロの技術はいりません。相手のスマホを受け取って、画面の真ん中に全員を収めて、ボタンを押す。それだけです。
声をかけるときのコツも、ささやかなものです。
- 全員が写真に入れていなさそうなグループを選ぶ
- 「よかったら」を頭につけると、ぐっと言いやすくなる
- 撮ったら「確認してくださいね」と渡して、すっと離れる
構図が少し曲がっていても大丈夫。彼らが本当に欲しかったのは、完璧な一枚ではなく「全員で写っている一枚」だからです。
あなたが押すシャッターは、誰かのアルバムの欠けたピースになります。
断られても、ちゃんと成立する
「あ、大丈夫です」と断られることも、もちろんあります。自撮りの方が好きな人もいるし、知らない人にスマホを渡したくない人もいる。それは自然なことです。
でも、ここが面白いところなのですが、断られても、この親切は失敗ではありません。「気にかけてくれた人がいた」という事実は、相手の中に小さく残ります。そして、あなたの中にはもっと大きなものが残ります。「声をかけられた」という経験です。
知らない人への声かけは、筋トレに似ています。断られても成立する場面で練習しておくと、声を出すこと自体が、だんだん怖くなくなっていく。「写真、撮りましょうか」は、その練習台として最高なのです。なにしろ相手は、楽しい時間の真っ最中なのですから。
断られた声かけも、あなたの中では一回分の勇気として、ちゃんと貯金されています。
通り過ぎる日があってもいい
人と話す元気がない日は、撮り合うグループを横目に通り過ぎて構いません。できない日があっていいのです。親切は宿題ではないので、提出期限はありません。
ただ、少し心に余白がある日に、もし誰かが順番にカメラマン役を交代していたら。
「よかったら、撮りましょうか」
その一言のあとに返ってくる「いいんですか!」という明るい声は、たぶんあなたの想像より、ずっとあなたを元気にしてくれます。