インターホンが鳴って、玄関を開ける。差し出される荷物、ハンコかサインか確認の一言。受け取って、扉が閉まる。全部で十秒あるかないかの接点です。
最近は置き配が増えて、その十秒すらないことも多くなりました。気づいたら玄関の前に箱が置いてある。便利で、ありがたい仕組みです。
だからこそ、たまたま顔を合わせられた日は、ちょっとした機会だと思うのです。「ありがとうございます」を、荷物ではなく相手に向けて言ってみる。それだけのことですが、それだけのことが、案外できていなかったりします。
十秒の接点に、一言を足す
配達の仕事は、一日に百件以上回ることもあると聞きます。その多くは無言の受け渡しか、置き配の無人の玄関。人と接しているようで、人として接してもらえる瞬間は、思いのほか少ないのかもしれません。
炎天下の階段を上り、雨の日に荷物を濡らさないよう抱え、年末は朝から晩まで走り続ける。その一件一件の向こうに、私たちの「ポチッと押した翌日」の便利さがあります。だからお礼を言うのは、過剰なことでも、わざとらしいことでもなく、ただの釣り合いなのだと思います。
足すものは、ほんの一言で十分です。
- 受け取るときの「ありがとうございます」を、顔を上げて言う
- 真夏や真冬、雨の日なら「暑い中すみません」「お疲れさまです」をひとつ
- 重い荷物なら「助かりました」
時間にして二秒。相手の作業を止めることもありません。チップも、差し入れも、特別な気遣いもいらないのです。むしろ、長く引き止めないことが、いちばんの気遣いだったりします。次の配達が待っているからこそ、短い一言がちょうどいい。
置き配の荷物に気づいたとき、もし配達の人がまだ廊下の先にいたら、背中に小さく会釈するだけでもいい。届く形は、いくつもあります。
「荷物の受け渡し」が、一瞬だけ「人と人」になります。
在宅の一日に、声がひとつ増える
これは、配達員さんのためだけの話ではありません。
在宅で仕事をしていると、一日誰とも話さないことがあります。そんな日のインターホンは、唯一の対面の機会だったりします。そこで交わした「ありがとうございます」「お疲れさまです」のやり取りは、たった数秒でも、今日ちゃんと人と言葉を交わしたという感触を残してくれます。
声に出してみると分かりますが、感謝を言った直後は、自分の気分のほうが少し軽くなっています。誰かをねぎらう言葉は、言った本人の中も通って出ていくからです。荷物と一緒に受け取った「ありがとうございました」の声が、扉を閉めたあとも部屋の空気に少し残る。そんな感覚を覚えたことのある人も、いるのではないでしょうか。
ねぎらいの言葉は、相手に届く前に、自分の中を通っていきます。
出られない日は、出なくていい
部屋着がひどくて出たくない日、誰とも顔を合わせたくない日。そういう日は、置き配で受け取ればいいのです。置き配を選ぶことは冷たさではなく、お互いの時間を守る選択でもあります。インターホン越しに「ありがとうございます、置いておいてください」と一言だけ伝える、という形だってあります。
毎回でなくていいし、言えない日があっていい。たまたま玄関で顔が合った日にだけ、使える一言として持っておく。
次にインターホンが鳴ったら。扉の向こうの数秒に、一言だけ足してみませんか。荷物と一緒に、自分の一日にも、小さな接点がひとつ届きます。