知らない街でお腹がすいて、地図アプリで見つけた小さな定食屋。入ってみたら、想像よりずっとおいしくて、店の人も感じがよかった。帰り道、ちょっと得をした気分で歩く。
そのお店を選べたのは、たぶん、先に誰かがレビューを書いてくれていたからです。「量が多めでおいしい」「ひとりでも入りやすい」。顔も名前も知らない誰かの数行に、あなたは静かに助けられていた。
考えてみると、私たちは毎日のようにこの種の親切を受け取っています。商品ページの口コミ、エラーの解決法を書いてくれた誰かのブログ、アプリのレビュー。どれも、書いた人には一円も入らない、純粋な置き土産です。
だったら、今度はこちらが数行、置いていく番かもしれません。よかったお店、助かった商品、迷いを解いてくれた記事。星をつけて、ひとことふたこと添えるだけです。
未来の誰かへの、道しるべ
レビューの面白いところは、届く相手が「まだそこにいない」ことです。
書いた瞬間には、誰の役にも立っていません。でも半年後、あなたと同じようにその街で迷った誰かが、その数行を読んで暖簾をくぐる。あなたはもうそこにいないのに、親切だけが残って働いてくれる。
書くことは、難しく考えなくて大丈夫です。
- 何がよかったかを、ひとつだけ(「スープが熱々だった」で十分)
- 自分が知りたかったことを、ひとつ(ひとりでも平気か、混む時間帯はいつか)
- 星の数は、正直に
名文である必要はありません。未来の誰かが知りたいのは、上手な文章ではなく、本当のことだからです。三行あれば、もう十分に役に立ちます。
そして小さなお店にとって、一件のあたたかいレビューは、見た目以上の支えになります。雨の日に客足が途絶えた夜、店主がふと自分の店のページを開いて、あなたの数行を読む。そんな場面が、本当にあるのです。
書いた本人がいなくなったあとも、レビューは道に灯りをともし続ける。
褒める言葉は、書いていて気持ちがいい
そしてこれは、書いてみるとわかることですが、よかったものを褒める文章は、書いていて単純に気分がいいのです。
不満を書くときの硬い指先と違って、「ここがよかった」と打つときの指は軽い。よかった記憶をもう一度なぞるので、おいしかった一食を二度味わうような感覚があります。書き終わるころには、その日の体験が自分の中で少し上等なものになっている。
元気が出ない日にこそ、これは小さな処方箋になります。最近の「よかったこと」をひとつ思い出して、数行にする。気持ちが沈んでいるときの頭は放っておくと嫌なことばかり再生しますが、レビューを書く数分間だけは、いい記憶のほうを向いていられるからです。
お店にとっては励みになり、未来の誰かには道しるべになり、書いた自分には、いい記憶の上書き保存になる。数行でこれだけ働く言葉は、なかなかありません。
親切のつもりが、いちばんいい思い出整理になっている。
思い出したときで、いい
帰ってすぐ書かなくても大丈夫です。書きそびれて何週間も経ってしまっても、レビューに賞味期限はありません。疲れていて何も書きたくない日は、書かなくていい。星だけ置いて帰る日があっても、それはそれで立派な置き土産です。
ただ、ふと「あの店、よかったな」と思い出す夜があったら。そのときが、書きどきです。
あなたの数行が、いつか知らない街で、知らない誰かの夕飯を決めるかもしれません。